旅行記の続きを期待してた方、ごめんなさい。
こっちを書いてから、南の島へ飛びます。
母には、妄想癖がある。
それも被害妄想なので、ちょっと厄介なのだ。
一度取り憑かれると、その呪縛から逃れられなくなる。
思い込みの激しさが妄想を引き起こしているのだが、その根底に潜む正体は、知らないことへの恐れである。
我が母を無知呼ばわりするのも、親不孝の最たるものだと思うが、長い年月母を観察して行き着いた答えである。
知らないという事は、とても不安で怖い事なのだと思う。
しかし、その感情を理解していないから、単純に妄想に陥ってしまう。
自分なりの解釈で、辻褄もめちゃくちゃなのだが。
物理的に不可能なことでも、妄想の世界では可能になるのだ。
そして、それを確信してしまう。
一度思い込むと、それは紛れもない事実になる。
思い込みや間違いを順序立てて説明しても、自分の論理を崩す事はない。
それは、防衛本能から生まれているのだと思う。
母は、文字があまり理解できない。
小学生低学年の漢字と平仮名がなんとか読めるくらいで、文盲に近い。
それは、学習障害と呼ばれる脳の障害の一種である。
ただ、本人は、それほど困ってはいない。
ずっとそうだったし、それで生きてこれたからだ。
だが、根っこでは、知らないことへの恐れを抱いている。
読み書きが苦手なのをバレたくないと思っている。
娘の私でさえ、大人になるまで気がつかなかった。
何か変だとは感じていたが、まさか、本当に出来ないとは思わなかったのだ。
隠し通したのだ。
母にとってみたら、常に外国語に囲まれているような感覚かも知れない。
しかし、それを学習する能力が整っていないのだ。
母なりに努力した事もあると思う。
だが、どうにもならなかった。
どうするのかが、わからなかったのだと思う。
これまで、何度か母の妄想に悩まされてきた。
どう説明しても、納得する事はない。
その頑固さは、筋金入りである。
そりゃそうだ、母にとっては揺るぎない真実なのだ。
覆される事はない。
つまりは、認めるしかないのだ。
母の妄想を認める事でしか、母を納得させる事はできない。
母の悩みは、泥棒が入る事だった。
物忘れが進んでいる母は、食べたものを忘れたり、ものを置き忘れたりする。
しかし、自分では、忘れた記憶はない。
すると、泥棒が入って食べられた。盗まれた。と思い込む。
自分で食べてしまったのは覚えていない。
仕舞い込んだのを忘れる。
結果、全ては泥棒の仕業になるのだ。
実際、泥棒が入るのは、物理的に不可能なのだが、それを説明しても、理解しない。
全部が泥棒の仕業であれば、辻褄が合うのだ。
自分の健忘など、疑いもしない。
当初私は、完全否定していた。
しかし、それじゃいかんと、分かったフリをした。
そして、対策を提案した。
室内に見守りカメラを設置する。
押し入れに鍵を付ける。
母は、そのどちらも受け入れた。
しばらくは落ち着いていた。
「無くなった」と騒いでいたお金も、戻ってきたと喜んでいた。
だが、私の訪問回数が少なくなったり、届ける食材が遅れたりすると、また妄想が始まる。
つまり、かまってちゃんなのだ。
第二子が生まれて赤ちゃん返りする子供と同じ。
うーーー、めんどくせー。
母よ、めんどくさ過ぎるぜ。
私のストレスも高まるが、こんな事でまた病気になってはいられない。
少し距離を置いてみた。
はい。失敗です。
かまってちゃんを放っておいたら、状況は悪化しかありましぇーん。
沖縄の旅行中に施設から電話が来た。
また妄想が始まったみたいです・・・
楽しい旅行が一気にトーンダウンしそうになるのを、必死に堪えたよ。
で、考えた。
もしかしたら、ものすごく簡単な答えかも!?
母が言うには、合鍵を使って泥棒が入ってくる。その人の見当もついている。
自分が入居する以前に、その犯人が合鍵を作っていたのだと言う。
まぁ、その理屈に反論しても、堂々巡りか。
ううう。
あ、合鍵で泥棒が入るっていうなら、部屋の鍵交換すればいいんじゃない?
しかし、施設的には、現実的じゃない。
だ・け・ど。
母は、妄想の中で被害に遭ってるんだから。
こっちも、架空でいいんじゃね?
つまり、鍵を交換すると嘘も方便。
おおいいねぇ。
施設の相談員に提案したところ、快諾。
記憶が曖昧な年寄りとはいえ、ボロを出さないように細心のシナリオを作ったよ。
で、昨日決行してきたぜ。
ま、アクシデントもあったが、概ね計画通りに事は進んだ。
昨日は、母の通院日。
留守の間に工事が入り、私が立ち会うこととした。
母から鍵を預かり、工事が終わったら、病院へ迎えに行くと約束した。
私は、母の部屋で古い鍵をクレンザーでピカピカに磨き、新しい輪っかをつけた。
これが予想以上に効果を果たし、新品の鍵(磨いた)にご満悦だった。
その日は、久しぶりに外食をして、欲しい物や好物を買ってあげた。
すごく嬉しそうだった。
そして、今朝。
心配なく眠れたから、朝までぐっすりだったよ。ありがとう。
今度泥棒に入ろうと思っても、鍵が合わなくて悔しがるよ、あの人。
と、ウキウキな電話が来た。
これでしばらくは、落ち着くだろう。
ふー。
母のおもりも楽じゃない。
犯人に仕立て上げられた人には気の毒だが、まぁ、仕方ない。
本人が気づかないうちに、母の急所を突いたのだと思う。
恐るべし、防衛本能。
ちなみに、久しぶりに母の部屋を捜索したところ、これまで送っていたお小遣いをガッツリ溜め込んだへそくりが出て来た。
ああ、これが心配だったのね。
もちろん、元通りに、そっとして置きましたとさ。