長年連れ添っていた。
なくてはならない存在だった。
失うなど、これっぽっちも想像しなかった。
なのに。
時の流れに逆らう事は、出来ない。
何度も、何度も修復を試みた。
それは、結果の出ない虚しい時間だった。
覚悟を決めた。
もう、迷うこともない。
悩むこともない。
共にいることが苦しみなら。
決別もまた、新しい道である。
さよなら。
私の、奥歯ちゃん。
どうよ。
この流れ。
どう見ても、愛しい者との別れやんけ。
いや、愛おしいのよ。
大人の歯になって約50年連れ添ったんだもん。
遡ること一年半前。
奥歯に違和感があり、歯科を受診した。
詰め物の不具合だと思った。
しかし、そこで衝撃的な事実を告げられた。
骨、溶けてますよ。
は?
このドクター何言ってんの?
こう見えても、歯磨きだけは自信があるのよ。
虫歯なんて20代前半で卒業したし。
堅い食べ物も好んで食べてるのよ。
そんな私が、歯周病になんて、なるわけがない。
骨が溶けるなんて、何かの間違いでしょ。
大体そのレントゲンのどこが骨なのか、じぇんじぇん、わ・か・り・ま・しぇん。
痛くもないし、ちょっと違和感があるだけよ。
と、頭の中で問答した。
その時は、とりあえずの応急処置をしてもらった。
が、その後すぐに打ったワクチンが災いしたのか、ものすごい痛みに襲われた。
病院は、お盆休み。
咀嚼が出来ない状態で数日間苦しんだ。
やっと診てもらった結果。
抜歯しましょ。
せんせー、簡単に言うのね。
と思いつつも、抜歯の予約を入れたのが、1年半前だった。
ところが、いざと言うときに体調不良でキャンセルした。
後に、それはガンだと分かるのだが、その時は、これ幸いと思った。
抜きたくなかった。
その頃は、痛みも治り、少しの違和感だけで咀嚼も出来たのだ。
あの痛みは、ワクチンの副作用に違いない。
そう、信じた。
だって、今は、痛くないし、噛めるし。
ドクターも、無理強いはしてこなかった。
3ヶ月ごとのプラークコントロールで、様子を見ることにしてもらった。
が、病気が発覚、バタバタと入院・手術となった。
入院中は、ほとんど絶食だったので、咀嚼することが出来なかった。
退院後、歯に異変が起きた。
問題の奥歯が浮いてきたのだ。
噛むごとにぶつかるので、とうとう歯が欠けてしまった。
抜歯をまた勧められた。
だが、大きな外科手術をしたばかりなので、これ以上体にダメージを与えたくなかった。
噛み合わせを調整してもらって、様子を見ていた。
しかし、調整しても、すぐに狂ってしまう。
そうこうしているうちに、頬側にぷっくりとした水泡のようなオデキが出現した。
これは、痛くはないのだが、体調次第で大きくなったり萎んだりを繰り返した。
消えることなく。である。
咀嚼は出来る。
歯茎から血が出ることもほとんどない。
角度によって少しの痛みはあるが、気になるほどではない。
抜歯したくないが為に、自分に都合よく理屈を並べていた。
まだ大丈夫。
術後一年が過ぎた。
奥歯は、相変わらずである。
ただ、オデキが一向に良くならない。
処置してもらっても、効果なしだった。
で、とうとう、観念した。
別れの決意である。
それは、自分から告げた別れだ。
長かったね。
ドクターに言われた。
苦笑い。
くれぐれも言うが、抜歯が怖いのではない。
別れが辛いのだ。
今日、無事抜歯をした。
麻酔をかけてから15分。
途中、痛くなり麻酔を足してもらった。
それだけ。
あっけなく、終わった。
今は、痛みもない。
もらった痛み止めは、必要なさそうである。
歯磨きには自信があったが、それだけでは防げない。
ものすごい、歯軋りをし続けていた時期がある。
その弊害かも知れない。
だから、一本だけダメになってしまったのだろう。
もう、これ以上別れたくない。
加齢により、条件は悪くなる一方だ。
それでも、少しでも長く一緒にいるために。
ちゃんと努力するよ〜