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走る

 子供の頃は、運動が苦手だった。

 体育の授業は、苦痛でしかなかった。

 運動会でさえ、楽しいとは思っていなかった。

 ただ、水泳は好きだった。

 小学校2年の夏休みに、毎日プールに通ったのだ。

 それは、ただ、一人でいるのがつまらなかっただけなのだが。

 水の中は、青く澄んでゆらゆら揺めき、水面がキラキラ光り、人魚になれる場所だった。

 決して早く泳げるわけではなかったが、水に恐怖を覚える事は、全くなかった。

 それに引き換え、走るのは、最も苦手だった。

 一生懸命走っても、隣を歩いている人の方が早いような走りっぷりだった。

 だが、なぜか逃げ足は早かった。

 障害があった方が本能が発揮されるタイプなのだ。

 とはいえ、自ら望んで走ろうとは、これっぽっちも思わなかった。

 マラソンなど、見ているだけで気が遠くなりそうだ。

 体のためにランニングする人の気持ちは、全く理解不能だった。

 なのに。

 一昨年、飯豊山登山に向けて、真夏のランニングを始めたのだった。

 飯豊山は、片道8時間の登山になる。

 夏の登山だったので、暑さとの戦いもある。

 体力気力、持久力。 

 どれも、有って損はない。

 まずは、近所を歩くことから始めようと思った。

 このあたりは、丘陵地のため、坂道だらけ。

 そこを歩くだけでも十分なトレーニングになる。

 始めて数日後、少しだけ走って見ようかと思った。

 あれ、結構走れるぞ。

 おや、息、乱れないもんだ。

 およそ5キロの距離だが、ゆっくりでも走る事ができた。

 少し驚いた。

 自分が走れるとは思っていなかったのだ。

 その真夏のトレーニングのおかげで、無事飯豊山登頂に成功した。

 ところが、それが終わると、あれこれ言い訳を作って、ちっとも走らなくなっていた。

 目標が達成されても、なお、努力を続けるのは。

 ムズカシイ、のだ。

 そして、病気。

 手術後は、100メートル歩くのさえ、ヨタヨタだった。

 それが、日を追うごとに。

 体調が良くなり、体力も復活し、スーパーで息が切れることも無くなった。

 自由に動ける体が嬉しかった。

 山も登りたい。

 そうなると、もう少し筋力をつけなければ。

 よっしゃ。

 走るか。

 いやいや、まずは、歩こう。

 と。

 ジョギングシューズに足を入れた。

 すると、走りたくなる。

 って、もう、走ってる。

 小学生の私が見たら、驚くだろうなぁ。

 およそ5キロのコースを40分かけて、走り切った。

 うっひゃー

 私、走れるぜ。

 歩く速さとそれほど変わらない速度だが、確実に走れるようになっている。

 本格的な山へは、不安があって行ってなかったが。

 これなら、大丈夫そうだ。

 よっしゃー

 秋雨が止んだら。

 まずは、磐梯山へ行くぞぉ。