検査でも、告知を聞いても、動じなかった私が、とうとう感情的になった。
術後の麻酔は、一定期間しか使えない。
確かに痛みが抑えられるので、相当強い薬なのだ。
追加で入れてもらった麻酔が効いて、痛みと吐き気から解放され、食事も再開された。
一口ずつ、ゆっくりと食べた。
朝の回診で、麻酔の管が抜かれ。その後しばらくして、おしっこの管も抜かれた。
せいせいした。
残りは、体内の膿を出すドレーンだけだが、これは、そう簡単には取れない。
ま、仕方ない。
が、そこからが苦しみの始まりだった。
朝食に食べた物が、胃に滞留している感じだった。
胃の重苦しさと、傷の痛みに加え、吐き気が始まった。
それは、徐々に酷くなっていった。
寝ても、起きても、立っても、座っても。
どんな体勢をとっても、だめ。
ジワジワと苦しさが増してくる。
お昼になったが、とても食べられる状況ではない。
息をするのさえ、苦しいと思うほどだ。
トイレへ行ったが、吐く事もできずにうずくまるだけ。
動けなくなってしまった。
そのまま、車椅子に乗せられて、レントゲン室へ。
切除部分に異常は見られなかった。
気持ち悪いまま動かされたので、吐き気はマックスだ。
ベットへ戻るなり、胃に留まっていた朝ごはんが吐き出された。
傷が痛むが、吐けたことで少し楽になるか。
いや、全く良くならない。
痛みと吐き気で気が変になりそうだ。
いや、変になっていた。
ガンで亡くなった友人の顔が、次々浮かんできた。
イタイ、イタイ、イタイ、ヨクナラナイ。
そう、呟いて逝ってしまった友人の苦しみが、初めて現実として実感できた。
彼女を思いながら、泣いていた。
止めどもなく涙が溢れる。
布団に突っ伏して、声をあげて泣いた。
暴れている訳ではないが、中年のおばさんが声を出して泣いているのだ。
心配した看護師が、ドクターに報告する声が聞こえた。
程なく、ドクターが現れ、痛み止めと吐き気止め、精神安定剤が点滴された。
泣いて少しスッキリしたが、痛み止めも吐き気止めも、全く効かなかった。
夕方になり、夜になり、苦しいままだった。
原因は、麻酔の副作用だった。
稀に、そういう症状になるらしい。
結局、体内から麻酔成分が排泄されるまで、この苦しみは続くと言われた。
その期間は、5日程度だという。
後5日も、こんな苦しみが続くのか・・・・
当然、食事など取れない。
水を飲むのさえ、やっとなのだ。
退院が遠のいた。
隣のベットは、96歳のおばあちゃん。
私と同じ日に手術をしている。
なのに、元気だ。
耳が遠いので、私の泣き声も、うめき声も、全く気が付いていない。
食事も、もりもり食べている。
その匂いが、辛かった。
マスクをしても匂ってくる。
少し歩けるようになると、食事の時間は、別な場所で時間を潰した。
一日経ち、二日経ち、三日目になると、だいぶ落ち着いてきた。
シャワーの許可が降りたのがきっかけになった。
実は、自分の匂いにも参っていた。
手術後は、一定期間シャワーにも入れない。
頭皮が、ヤバい匂いになっており、私を苦しめた。
ドクターから、食べられそうだったら、アイスを食べてもいいと言われた。
アイスなら、いけそうだ。
体力が落ち切っているので、ゆっくりとシャワーを浴びた。
ミント系のシャンプーを持って行ってよかった。
全身を洗い流すと、さっぱりした。
着替えができたのも良かった。
そして、待望のアイスを購入。
さっぱり系が食べたかったので、ソーダアイスにした。
ベットに戻り、一口頬張る。
う、う、う、うまーーーーーい。
バニラ部分は、ちょっとキツかったが、ソーダシャーベットがもう、美味すぎる。
沁み渡る。
レモン味の炭酸飲料も飲んでみた。
ああああああ、うまいーーー。
少しずつしか飲めないが、レモンの酸味が、気持ち悪さを半減してくれた。
ん??
これって、まるでつわり!?
経験がないので想像だが。
きっとつわりって、こんな感じなのかも。
そう思った、経験だった。
その後、グングンと回復し、5日目には、食事が取れるまでになった。
ドクターの予想通り、麻酔が抜けるまで5日だった。
少しずつ、確実に食べられるようになった。
ようやく点滴ともおさらば。
右も左も、もう私の腕は、点滴の針が刺さる場所がなくなっていた。
ドレーンのチューブも抜けて、私の体から全ての管が無くなった。
晴れ晴れして、シャワーを浴びた。
そして、再びアイスのご褒美。
今度は、チョコミント。
その美味しさは、もう、言葉では言い尽くせない。
翌日、早朝に採血された。
入院中の採血は、朝の5時半なのだ。
この結果次第で、退院が決まるかもしれない。
淡い期待を抱いた。
12月24日(金)
朝の回診で、待望の退院許可が出た。
今日帰ります。
すかさず答えた。
こうして、前半20日、後半20日。
合計40日の入院生活は終わりを告げたのだった。
年内に退院できて、心より嬉しかった。
ちなみに、隣のベットのおばあちゃんも同じ日に退院だった。
恐るべし96歳の生命力。
手術前に、看護師さんが言ってくれた事を噛み締めた。
どんなに痛くても、苦しくても、ちゃんと皆さん元気になって帰って行きますよ。
本当にそうだった。
あんなに苦しかったのに、本当に元気になれた。
泣いて喚いて悪態ついたのに。
背中をさすってくれた、暖かな手があった。
看護師に取ってみれば、多くの患者の一人だし、些細な出来事かもしれない。
しかし、患者からすると、小さな励みでも、大きな力となる。
希望の道となり、忘れられない一言として刻まれる。
そして、それからの人生の大きな支えとなるだろう。
助かった命。
噛み締めて、生きていこう。