高校生の頃、商業施設の花屋でアルバイトをしていた。
当時、長期休業中のアルバイトが2週間だけ認められていた。もちろんきちんと届けを出すのだ。先生が見回りに来ることは滅多にないが、万が一を想定した私は、休みの最初から終わりまでの間、不定期に2週間と大雑把な日程を記した。そうすれば、2週間以上働いても、言い逃れが出来ると踏んだのだ。そうして、休み中ずっと働いていた。
お金を得て、買いたい物があった訳ではない。将来のために少しでも蓄えておきたい気持ちはあった。だが、ただ、働くと言う行為に憧れていた気持ちの方が大きかった。
花屋を選んだ理由は、たまたま仲の良かった友人が先に働いていたからだった。そして、何となく、花屋で働くのがかっこいいと思えたのだ。
年末の人手が欲しかったその店は、すぐに私を雇ってくれた。
私は、冬休みに入っても、通学と同じ時間に家を出てバイトへと向かった。
花屋の仕事は、体力勝負である。
市場から入ってくる花を店頭に並べるまでには、冷たい水仕事をしなければならない。年末の花売りは、暖房の効いた室内から外へ出て、冬空の下で販売する。大きな声で呼び込みもする。恥ずかしがってはいられない。が、それに関しては、演劇部での度胸が役に立った。
大晦日までの数日間は、目まぐるしく働き通した。
少し慣れてくると、花束も作った。
アルバイトの高校生に売り物の花束を作らせるのも、どうかと思うが、あの頃は、割と大雑把だったのだ。
自分が作った花束が売れると、やっぱり嬉しかった。
すると、いい気になってまた作る。
閉店間際、売れ残りそうになると、酔っ払いのおじさんを狙って、売りこみをした。
ぴちぴちの高校生に、「お花買ってください」と言われ、断るおじさんはいなかった。
ただし、この事実は、店のオーナーには内緒である。
売り上げが上がればバイト代が増える訳ではない。ただ、ただ、私は、ゲームのようにそれを楽しんでいた。
冬休みが終わっても、バイトは続けた。店頭に立つ仕事は、学校にバレる確率が高いのだが、私は花屋の仕事が好きだった。花に囲まれているのが好きだった。家に居たくないだけだった気もするが、バイトに行っていれば、余計なことを考えずに済む。バイト仲間に会うのも楽しみだった。学校の違う子たち、女子大生のお姉さん、隣の店の人たちにも優しくしてもらった。ささやかながら、社会に関わっているのが、少し誇らしかった。
そして、味気ない自分の部屋に、花を飾るようになった。そして、それは少しずつ増えていった。
最初は、売れ残った切り花だった。しかし、一度切られた花は、せいぜい数日で花びらを落としてしまう。枯れゆく花の切なさを感じた。次第に、小さな鉢植えを買うようになった。鉢植えの花は、ちゃんと手入れをすれば長く花を咲かせてくれる。
春まだ遠い冬の終わりでも、小さな花をつける植物は多かった。
サクラソウもそのひとつ。
柔らかなピンクの花は、凍てついた季節の終わりを告げてくれる。
冷えた私の部屋を春告げの花が彩っていた。
遠い思い出である。
さて、立春の前日。
少し早い誕生日プレゼントにこの花が届けられた。
「プリムラマラコイデス」
一気に、高校生の自分が蘇り、懐かしく、キュンとしたあの頃を思い出した。
この花は、私の初恋の花でもあるのだ。
ま、その話は、心の中に秘めておこう。
そしてこちらは、正真正銘桜の花。
伊豆のみかん農家さんが、季節の柑橘類に添えてくれたのだ。
オレンジ達も甘酸っぱく美味であったが、ひと足早い春の訪れに、部屋の中がほんわかと暖かになった。
外は、まだまだ氷点下だけどね。
ぼちぼち冬眠から醒める時期。
再開を前に、今後の方針をあれこれ探っている日々である。
この時勢とどう共存してゆくか。
お客様を迎える商売は、厳しく難しい。