カナカナカナ。
響き渡るこの声を聞くと、子供の頃の夏休みを思い出す。
学校のプールで遊び疲れ、窓辺の風鈴の音を聞きながら眠ってしまった昼下がり。
通り雨で薄暗くなった途端に鳴き出すひぐらし。
そんなイメージがある。
しかし、こいつが一番高らかに鳴くのは、夜明け前である。
夏の夜明けは早い。
早朝、4時ごろに、こいつは、最も威勢よく鳴くのだ。
日が昇ると、ピタリと鳴き止む。
子供の頃は、夜明け前に目覚めるなどなかったから、気づかなかったのだな。
ひぐらしは、例年夏至を過ぎたあたりから鳴き始める。なのに今年は、梅雨寒が続いたからか、一向に鳴き出さなかった。冷夏になるのだと思っていた。このままジメジメした気候が続き、木造の店は、どんどん腐食し、林に飲み込まれてしまうのではないかと、半ば真剣に感じていた。築15年を過ぎ、あちこち痛みが目立っている。周りの木々も成長して、通りからは、まず気づかれない。ほぼ林に同化している。
林としては、この建物のせいで仲間が伐採されたと思っているかも知れない。雨が続いても、立木が腐る事は滅多にないが、建材となった木は、腐食処理をされても、長雨では太刀打ちできない。だが、立木は、ぐんぐん成長する。枝先の葉をわさわさと茂らせ、店に覆いかぶさる。
長雨が続いた後、そこにあったはずの「碧い月」が、跡形もなく林にのみ込まれていた。
なんて、妄想を抱いていたが、梅雨は明け、灼熱の太陽がギンギラと照らし始めた。
ひぐらしの大合唱も、今まで以上に響き渡っている。
暑い店と覚悟して、お越しください。