書いては、消し。書いては、消し。
もう何度も、何度も、この作業を繰り返している。
書くことの意味や、配信する意味。
誰のために。何のために。
まぁ、それ程大層なことでもないのだけど。
6月初め、母の連れ合いが亡くなった。私の両親は、私が高校生の時に離婚しており、母は、還暦を過ぎて再婚をした。その後約20年、仲良く暮らしていた。穏やかな義父は、いつも笑顔を絶やさず接してくれた。母は、それまでの苦労を帳消しに出来る程、落ち着いた生活を送ることができた。と思っている。
義父が体調を崩してから、母は、少しナーバスになっていた。再婚してからずっと、全てを義父に委ねていたので、その義父が具合が悪くなると、どうしていいのかわからなくなっていたのだろう。一人では預金を下ろすことさえできないのだ。再婚前は当然できていたのだが、20年間で世の中のシステムは大きく変わった。ついて行けないのは、高齢者だけでもないだろう。ともかく、母は、眠れなくなったのだ。主治医は、あっさりと睡眠剤を出す。母は、それを飲む。それでも、すぐに目覚めてしまう。すると、眠れないことがストレスになり、頭のモヤモヤは日中も母を苦しめる。少しお酒を飲む。しかし、眠さは一向に来ない。また、睡眠剤を飲む。朦朧とした意識の中で、様々なことを心配する。それが、現実なのか、夢なのか、曖昧になってゆく。むしろ、頭で考えた事全てが、現実だと錯覚するようになっていた。
もともと妙な部分にこだわる性質があったのだが、それが、強調されるようになっていた。私は、それを歳のせいだと思い込んでいた。本人は、いたって真っ当で、真剣なのだが、一時の思い込みだと軽く考えていた。
ある時、ふと、冷静に状況を考えてみた。
オカシイゾ。ナニカガ、ヘンダ。
私は、母の思考回路の偏りにやっと気がついたのだ。つまり、認知症が始まったのではないかと疑念を抱いた。すると、思い当たる部分に合点が行く一方で、まだらに違っている部分も多い。まずは、母が処方されている薬を全て調べてみた。睡眠導入剤はもちろんだが、アルコールと併用すると問題な薬が処方されていた。母が、どれくらいの頻度でお酒を飲んでいたかは推測するしかないのだが、おそらく、わずかな量でも、思考を混乱させるに足りていたのだと思った。まさか、お酒と睡眠剤を同時摂取しているとは考えていなかったが、本人に確認したところ、あっさり、飲んでいたと答えたのだ。すぐさま、どちらかにするように促した。母は、納得した。
これを機に、母の混乱は治まってきた。そして、母の心配事を一つずつ解決して行くと、落ち着いてきたのだった。
母は、軽い脳梗塞を患った事がある。それからずっと投薬が行われている。通院は二ヶ月に一度。薬を処方してもらうためといった診察である。そこで、眠れないといえば、簡単に睡眠導入剤が処方される。もちろん、投薬に関する説明もあるが、全てを理解できるとは思えない。実際、母は、眠剤とアルコール摂取は厳禁だと知らないでいた。多くの年寄りが、似たような過ちをしている気がする。母は、テレビで紹介されたサプリなども、割と、ひょいひょいと買ってしまう。自分が飲んでいる薬との相性などお構いなしなのだ。よくなる。改善する。楽になる。そんな謳い文句に、まんまと乗せられる。予防薬と治療薬の区別もつくはずがない。
こうして、認知症は作られる。
ふと、そう思った。代謝の落ちている高齢者が幾種類もの薬を飲み続ける。薬も堆積すれば毒になる。一度処方された薬は、減ることはまずない。蓄積された成分が引き起こす誤作動。無いとは言えない気がするのだ。
1年前に亡くなった父(実父)は、アルツハイマー型認知症だったが、父は、ほとんど医者にかかったことがなかったので、この仮説は当てはまらないのだが。
そんなこんなで、書くべきことが見つからない日々だったのである。
店はちゃんとやってますよ。母の通院や何かで、臨時休業するときもあるけど。
それも、来月末まで。
母は、鬼娘の策略で、施設に入所することになったのだった。
何が幸せかは人それぞれだが、誰も不幸にしたくない選択として、母のこれからの人生を新たな場所で穏やかに過ごしてもらえるよう、鬼娘は、最大の努力をしたわけです。
母は、温泉付きの高齢者施設で、温泉三昧な老後を過ごすことになったのだー。
まぁ、私が一番、穏やかな生活をしたいと望んでいるんだけどね。